虎と月

 柳広司ジュブナイル長編ミステリー。理論社が、ヤングアダルト向けに続々と刊行しているミステリーシリーズ「ミステリーYA! 」の一冊です。
 柳広司といえば、歴史上の有名人物や、文学作品の名作を題材にして、読み応えのある新たなミステリーを生み出す達人なのですが、本作も、中島敦の『山月記』を下敷きにしています。
 中島敦の『山月記』は、柳先生いわく「(本を読みすぎて)虎になった男の話」です。唐の時代の中国で、詩人を志した秀才、李徴という男が虎になります。
 この『山月記』は、すごく短い掌編小説なのですが、掛け値なしの名作です。格調高いのに、読みやすく、古典的なのに、優れて現代的です。必読。『山月記』を収録した短編集は、各社の文庫で出ていますが、すぐに読みたいのならば、青空文庫でも公開されています。こちら。
 『虎と月』では、『山月記』の李徴の息子「ぼく」が主人公です。彼は、父がなぜ虎になってしまったかを知るために、旅に出ます。まずは、虎になった父親と話したという友人を訪ねて長安へ、そして、さらに南の地へと。
 この作品は、児童文学として上質ですし、冒険小説として読んでも傑作です。読んでいて、とてもワクワクします。そして、終盤は、推理小説として美しいです。
 また、物語のむすび部分では、下敷きにした『山月記』へと上手に着地します。
 主人公の「ぼく」のキャラクターが、さっぱりとしていて、魅力的なことも、冒険小説としての楽しさを増しています。14歳の主人公は、賢いけれども、思い切りが良く行動的で、必要以上にうじうじと悩むことがありません。人情の機微も解しますが、ドライなところは、とことんドライで、現代的です。
 物語の謎解き部分は、楊貴妃が関わった混乱の時代を背景にした歴史ミステリーとなっていますが、同時に、暗号ミステリーでもあって、ある意味では、ダイイングメッセージものを思わせるところがあります。推理小説としても読み応えがあります。
 読みやすくて面白い、良質の作品です。大人も子供も楽しめます。昔の漫画に詳しい人なら、読みながら、『タイガーマスク』や『熱笑!! 花沢高校』を思い出すかもしれません。


虎と月 (ミステリーYA!)

虎と月 (ミステリーYA!)