胡蝶殺し

胡蝶殺し

胡蝶殺し


 近藤史恵の歌舞伎小説。
 名代役者の父が急逝し、残された7歳の少年、秋司。梨園での後ろ盾として、彼の後見人となったのは中堅役者の萩太郎。彼にも同学年の息子、俊介がいました。子役として、それぞれの才能を示す、聡明な2人の少年たちでしたが…。
 哀切さの予感のようなものを感じて、冒頭から訳もなく泣きたくなる不思議な小説でした。読み終わってみると、漫画『六三四の剣』の六三四と修羅を思い出しました。テーマ的に通底するものがあると思います。リーダビリティーは抜群に高いですが、読者を遠いところまで連れて行ってくれる優れた小説です。
 ミステリ作家である近藤史恵が、歌舞伎小説や自転車小説を得意としているのは、偶然ではありません。ミステリというのは「殺意」という「強い感情」の物語です。しかし、そのような「強い感情」を産むほどの強力な人間関係は、現在の一般社会では徐々に薄れてきています。そのなかで、現代における「強い感情」の物語を書き続けたいと思ったとき、スポーツや芸道の世界を舞台に選ぶことは、非常に有効な手段です。そこは、師弟関係があり、プレッシャーがあり、切磋琢磨があり、到達がある、そのような濃密な世界だからです。
 歌舞伎を観たことはないのですが、落語のファンなので「三吉子別れ」には馴染みがありました。落語『寝床』で、旦那が演じる義太夫の演目の中に「馬方三吉子別れの段」があるのです。