せつないいきもの 牧場智久の雑役

　竹本健治の連作短編ミステリー。プロ棋士の牧場智久が、基本的に電話だけで、安楽椅子探偵をつとめます。
　主人公は少女剣士の類子ちゃん。類子ちゃんの彼氏が牧場智久です。この作品は、カリスマミュージシャン果月との百合展開あり、アニメ業界、ゲーム業界との関わりもありで、非常にライトノベル的な展開となっています。本にはイラストも付いて、見た目にもライトノベルっぽいです。
　竹本健治と言えば、『匣の中の失楽』や『閉じ箱』などの、濃密で非常にマニアックなミステリーで知られているベテラン作家ですが、その作者が、最近は、『キララ探偵す』や本作『せつないいきもの』などの、ライトノベル的ミステリーを書いていることは、なんだか不思議な気がします。
　もちろん、ただのライトノベルでなく、謎解きの骨格はしっかりしている訳ですが。
　牧場智久シリーズも、長く書き続けられている作品で、個人的にはゲーム三部作の印象が強いです。このシリーズの作風も変遷が大きく、初期は、いわばヘビーノベルとでも言える作品群で、ガチガチの本格だったり、恐怖小説だったりしたのに、現在はライトノベル風。しばらく読まないうちに、ずいぶん作風が変ってしまいました。
　ゲーム三部作のうち、『トランプ殺人事件』は、自家中毒を起こしそうになるほどに、こだわりまくった、とにかく濃厚で複雑な、前代未聞の暗号ミステリの傑作でした。
　『せつないいきもの』の中の『蜜を、さもなくば死を』にも暗号は登場しますが、知識のある人には、解くことが容易なものです。ただし、余詰めの条件が厳しいので、暗号を作るためには、精密な作業が必要だったものと思われます。そのあたり、変った部分もあり、変らない部分もありで、興味深く感じます。
　ミステリーとしてだけ読むと、本格のスピリットはあるものの、犯人の動機と行動のバランスが取れていない気がします。ただし、ライトな読み物としては、スピード感があって、とても面白いです。

トランプ殺人事件 (創元推理文庫)

せつないいきもの (カッパ・ノベルス)