ビッグコミックオリジナル2014年4月5日号

ビッグコミックオリジナル2014年4月5日号の感想
http://big-3.jp/bigoriginal/


 増刊で連載している小坂俊史『まどいのよそじ』が出張掲載されているということで購入しました。

『まどいのよそじ』 小坂俊史

 最初の感想は、長編漫画のただなかに、短編漫画ならではの文法で切り込んできたなあ、ということです。
 小坂俊史は4コマ漫画の天才ですが、短編漫画、レポート漫画にも確かな実力を示します。4コマ漫画をロジックで組み上げることで培った構成力が、短編漫画の製作においても、稀有な才能として光ります。


 4コマ漫画誌に親しんでいる目から見ると、長編漫画は、なんとももどかしく、じれったいもの。長編漫画からドロップアウトして4コマ誌読者になった身からすると、やはり長編漫画には、しんどさと歯がゆさを感じます。
 こんな展開は1/3のページ数で表現できるだろう、とか、こんな背景の描きこみはいらないだろう、とか、無茶なことを思いがちなもの。とはいえ、そのペース配分で成功しているのだから、部外者がどうこう言うのは見当違いでしょう。
 ただし、そういう長編の中に、骨格のしっかりした短編が配されているのは、短編漫画の読者にとっては痛快なことでした。
 単行本が10冊とか100冊とか出るのが当然のラインナップの中に、単行本1冊にまとめられれば大きな成果、という密度の作品が割り込んでいる存在感。1kmを3分で走っている長距離ランナーのなかに、100m10秒で走る短距離ランナーが乱入した感じでした。


 作品のテーマ的には、「40歳にもなって、『原宿でスカウトを待つ中学生』のようなメンタリティを持っていること」を、ポジティブな能力として描き出せてしまうことに、得体の知れない力を感じました(すごく褒めています)。
 何も持たない無力な主人公が、意外なほどに自由であって、蛮勇を伴う跳躍力を有しているということ。組織や企業や職業の力ではない「人間の力」が、そこに有り得るのだということ。それは、ひとつの「発見」です。
 「白馬の王子様を待つ能力」「蛮勇をふるって泥船に飛び乗る能力」を40歳まで持っていることが、強みにもなり得るという発想は、社会人経験が長いであろうビッグコミックオリジナル主要読者の目には、一種異様なほどの新鮮さで映ったのではないでしょうか。
 「白馬の王子様を待つ能力」は、「老人力」とか「鈍感力」とかいった、保守老人が自分を甘やかすために作った概念よりも、むしろ人間の本質に迫ったことばのようにも思えます。


 作品の構成的には、1ページ目、2ページ目、8ページ目の1コマ目の、ほぼ同じ大きさの3コマが要(かなめ)という感じです。この3コマと最終コマの4コマだけで、8ページの短編漫画が、実は1本の4コマ漫画としても読めてしまうという、泡坂妻夫『生者と死者』を思わせるような仕掛けも読み取れます。
 また、序盤の2〜3ページで展開される会話が、そのまま漫才の台本にもなる完成度のボケとツッコミの応酬になっていることも、高度な伏線と言えるでしょう。


 長編漫画においては、所要キャラクターは、属している社会や職業の規範やモラルに、ある程度従順に行動します。そうしないとストーリーが進んでいきません。すると、浜崎と鈴木建設のような馴れ合いの力学が働きます。自由に生きているように錯覚する浮浪雲も、実はジョージ秋山の自意識という、かなり狭量なものに縛られています。
 長編漫画では、なかなかキャラクターの「自由」にはさせてもらえません。ある程度は、職業人としての規律や、自分自身のモラルに縛られている人間となります。


 それに対して、小坂俊史の出身母体である4コマ漫画の世界においては、主役キャラたちは、基本的に職業人としての規範や、個人のモラルでは生きていません。
 なんらかの意味で、そこから突出し、逸脱しています。○○すぎる××といったキャラクターが、4コマ界にはあふれています。置かれた立場に応じた規範やモラルからの逸脱が、4コマ漫画のキャラクターたちが、少ないコマ数のなかで面白みや笑いを産むための基盤となっているからです。


 その意味で、今回の『まどいのよそじ』における惑えるアラフォーたちは、長編漫画の住人よりは、4コマ漫画の住人たちに近いようです。無力だけれども「自由」を感じます。40代にして「自由」であることの難しさを思えば、フィクションの中に「自由」の風の吹くことの爽やかさは格別です。


 余談になりますが、4コマ漫画においては、職業人として優秀であることと、4コマ漫画の住人として規範から逸脱していることは、なかなか簡単には両立しません。
 安易に両立させようとすると、しばしば欺瞞や付け焼き刃になってしまいます。個人的に、ふじのはるか作品や、大乃元初奈作品が苦手なのは、そのあたりが原因だと思っています。4コマ漫画の住人だからといって、全てから自由であるわけではないようです。